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自称小説サイト管理人七貴の、書評とだらだらとした日常を送り続けるブログ。
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 西澤保彦という作家に出会ったのは、私が高校3年生の後半であり、それは、まさに受験の真っ只中における逃避に間違いなかった。

 特殊な設定と突飛な発想、個性的……というよりは、少々逸脱ぎみな性格の登場人物たち、コージーミステリ的なものからSF設定を生かしたロジックミステリまでの幅広い作風、軽妙で入り込みやすい文体……。

 受験勉強で疲れた高校生が逃避するにはうってつけだったのだろう。

 だが、今にして思えば、もう一つ私を魅き付けるものが西澤保彦にはあったのだと思い当たる。

 先述した西澤作品の特徴が西澤の陽の面であるなら、私を心の奥を捕らえてやまないものは陰の面―――西澤が描く《人間の暗部》だ。

 嫉妬、性欲、物欲、名誉欲、独占欲求、憎悪、嫌悪、そして承認欲求。西澤の描く物語の“動機”の多くは人間の醜い欲望からくるものである。

 一般的にすちゃらかSFミステリの作家として認識されている西澤だが、実はえぐい作品が多いことがファンの共通認識である。

 この暗さはどこくるのか、その答えの一端が見えるのが本作品である。

黄金色の祈り 文春文庫黄金色の祈り 文春文庫
西澤 保彦

文藝春秋 2003-11-08
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以下、いつも通りネタばれなし

 他人の目を気にし、人の才能を妬み、欺瞞を塗り固めて生きてきた「僕」。
 努力もしないくせにブラスバンドのリーダー気取りだった学生時代、落ちこぼれたくせに他人を見下してばかりだったアメリカ留学時代、堕落と惰性で生きた社会人時代……。
 その中で知った、本物の才能を持ったかつて友人だった同級生の死……。
 「僕」はその死を題材に推理小説家として浅はかなデビューをするが……。



 アメリカ留学、創作法専修卒、高校講師、大学助手を経て、応募作が推理小説賞候補作になり、小説家デビュー……これは、そのまま西澤保彦の経歴である。

 もちろん、この作品は完全なるフィクションであるが、しかし、自身の半生をモデルにしていることは間違いない。

 この本は「僕」の一人称によって語られている。

その「僕」は全てが終わってしまった時点での「僕」――何もかも取り返しがつかないと知ってしまった後の「僕」だ。

 この物語は自虐であり、後悔であり、懺悔であり、祈りである。

 この語りすら、許しを得る為に道具にしてしまおうと、欺瞞にしてしまおうと、そう思っている自分と、それを分かって嫌悪する自分。

 全てが終わってしまっているのに、否、全てが終わっているからこそ「僕」は語らざるを得ない。

 学生時代に起こった二つの楽器盗難事件と、母校の旧校舎の天井で発見された天才アルト・サキソフォン奏者の死体。

 その謎の真相を悟ってしまった者の《祈り》は私達の胸をも抉る。

 誰だって、経験がある。
 自分はやればできるんだと、やらないだけなのだと。あんな奴には負けないと根拠も無く見下して、自分を必死で塗り固める。

 人間関係を取り繕って、うわべで嗤って、自分が見下されたくないから見下して……。


 ああ、本当にこの小説は堪えた。
 心のそこから受験生の時にこの小説に出会わなかったことを感謝したい気分だ。

 フィクションではあるが、「僕」の心理に西澤はシンクロして書いたことは間違いない。どこまでも自虐的に、自傷的に、自分をナイフで刻むように書いた。
 だから読者の心に何の防御も素通りして踏みってくる。
 あまりにも心を抉る。自分の過去を突きつけられている気分だった。

 濁った膿を患部から搾り出すような悲痛な嘆きに満ちているからこそ、この『黄金色の祈り』は西澤作品の陰の傑作であり、金色に輝いて人を魅き付けるのだ。
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