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自称小説サイト管理人七貴の、書評とだらだらとした日常を送り続けるブログ。
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ドグラ・マグラ

日本探偵小説三大奇書の一冊と呼ばれる一冊。
探偵小説作家だった夢野久作が、20年の構想と推敲の果てに、自費出版した著作。
著者はドグラ・マグラの発表の翌年、47歳で早世している。

「ドグラ・マグラ」とは切支丹伴天連の使う幻魔術のことを言う、長崎地方の方言だそうだ。


ドグラ・マグラ (下)ドグラ・マグラ (下)
夢野 久作

角川書店 1976-10
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紹介するにあたって、まず、角川文庫の背表紙の言葉を引用しよう。
「――これを読む者は、一度は精神に異常をきたすと伝えられる一大奇書。」


以下、ネタばれは無し



九州大学の精神病棟の一室で、奇怪なボンボン時計の音で目覚めた青年。
彼は自分が誰なのか、ここがどこなのか、何もかも一切の記憶を失っている。
そこに現れた大学医学教授から、自分が空前絶後の大犯罪の関係者で、失われた記憶が事件の鍵を握っていることを聞かされる……。



探偵小説、学術論文、精神科学、精神異常、怪奇と妖奇と猟奇、異常性欲、エロティズムとグロテスク、マゾヒズム、オカルティズム、ネクロフィリア、フェティズム、正気と狂気、妄想、幻覚、……単語を尽くして語ろうとも、まるでこの小説を説明できない。

作中序盤に『ドグラ・マグラ』と称する小説の原稿が登場する。主人公に対して、この小説は精神病棟の狂人が、自分たちをモデルに書いた小説で、学術論文とも小説とも付かない内容で、内容はうんぬん、結末はうんぬんと親切に教えてくれるという描写がある。

この内容がずばり、この本のあらすじとなっているという奇怪さ。

つまり、『ドグラ・マグラ』という小説に出てくる、狂人が書いた小説『ドグラ・マグラ』の内容は、今読んでいる小説そのものである……というメタ構造。徹頭徹尾この小説はその予告から外れない。展開が分かっていながら読まずにはいられない妖しげな魅力。

入れ子構造であり、循環構造、なおかつメタ構造であるという難解な構成、あるいは虚実入り混じる描写、文体の変化、一人称視点の混乱などが合わさって、中盤辺りは読み進めることすら困難だ。読者を混乱させたままに難解な描写が続き、読者は徐々に狂気の迷宮に追い立てられていく。
時間軸は捻じ曲げられ……現在、一月前、半年前、二年前、二十年前、二百五十年前、そして千年の昔が混ぜ繰り返され、読者の立ち位置すら危うくする。

小説に挟まれる自殺した精神病学博士の書いた論文や著作たち、
「キチガイ地獄外道祭文」
「地球表面は狂人の一大解放治療場」
「脳髄論」
「胎児の夢」
「空前絶後の遺言書」

それら全文が挟み込まれ、ずるずると博士の悪夢に引きずり込まれていく。
それは小説中の三分の一以上も占めていて、延々と続き、一見すると意味不明の妄想のように見え、しかしそれすら通読することで、その意味が明らかになる。

理解できない。読み終わっても理解できない。理解しようとすると発狂しそうになるのだ。


精神科学の論理は物質科学の常識をあざわらい、現実なぞ、一皮剥けば確かなものなど何も無いと思い知らされ、主人公と読者は何度も足元をすくわれる。

そして主人公は最後の最後まで自分の正体を知ることができない。自分の名前すら確かではない存在の危うさに、我々読者もずっと宙に浮かされたような不安を抱き続ける。

――今この小説を読んでいる私は、誰なのだろうか。それは何の裏づけがあるのだろうか……そんな恐ろしい不安が読んでいる中でぞわぞわと這い回り、消えてくれない。


もはや、読んでいるうちに何もかもが分からなくなってくる。
今何を読んでいるのか分からない小説は初めてだ。

ドグラ・マグラとは、まさしく文字通り、夢野久作が仕掛けた人を発狂させる魔術である。
この本を読んだら、狂わずにはいられない。

読み終わった今はただ、ありもしないボンボン時計の音だけが延々と脳髄に響き渡っている。




余談1
現在最も手に入れやすいのは角川文庫版で、他は全集に頼る他無い。
夢野久作の短編はいくつか読んでいて、その妖奇幻想の世界にはまった口なのだが、角川版は表紙がネックでどうしても購入できなかった。
今回は表紙の画像が無い下巻をリンクにしているが、理由はもう、実際に見てもらうしかない。

ドグラ・マグラ (上)ドグラ・マグラ (上)
夢野 久作

角川書店 1976-10
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とても人前でブックカバーをはずせないのだ。

余談2
読み始めたのは9月の始め辺りで、四国旅行中にも読んでいた。ずっと読んでいたわけではなく、忙しくて読めなかったり、途中「極限推理コロシアム」を読んでいたので一月も掛かってしまった。旅行中、寝る前に読んだら、人を殺してしまう悪夢にうなされた。

余談3
三大奇書にはアンチミステリという評価もある。どれもミステリーとして書かれながら、ミステリーの枠組みに収まり切れない作品であり、作中作を利用したメタ的で複雑な構造に特徴がある。

余談4
戦前に書かれたものだけに、今ではお目にかかれない差別用語や過激な表現が多くある。
「キ○ガイ」という言葉は一生分見た気がする。
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